週末の学び
(2004.5.21)
古代オリンピックは いつごろ始まったか?1896年に始まった近代オリンピック その前身となったのは古代ギリシアで行われていた 「オリンピア祭典競技」 いわゆる古代オリンピックだ 古代オリンピックが始まったのは 考古学的な研究によって紀元前9世紀ごろとされている 現代のオリンピックは 世界平和を究極の目的としたスポーツの祭典だが 古代オリンピックはギリシアを中心にした ヘレニズム文化圏の宗教行事であった 全能の神ゼウスをはじめ多くの神々を崇めるための 神域における体育や芸術の競技祭だった 考古学的な研究によって当時のギリシアにはオリンピア地方で行われていた 「オリンピア祭典競技」のほかにコリント地方の「イストミアン・ゲームス」ネメア地方の「ネメアン・ゲームズ」デルフォイ地方の「ピシアン・ゲームズ」などが 4大祭典競技として知られているなぜオリンピックが 4年に1度開かれるか?オリンピックが開催されるのは4年に1度 その理由にはいくつかの説がある 最も有力なのは 古代ギリシア人が太陰歴を使っていたからという説 現代一般的に使われている太陽暦の8年が 太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいことから8年という周期は古代ギリシア人にとって重要な意味をもっていた 暦を司るのは神官であり8年ごとに祭典が開かれるようになり 後に半分の4年周期となった 太陰暦では49カ月と50カ月間隔を交互にして開催されていたようだ最初のオリンピック種目とは?古代オリンピックで最初に行われた競技は 1スタディオン(約191m)のコースを走る「競走」だった オリンピアの聖地には競走のための「スタディオン」が築かれていた スタディオンは長さ約215m 幅約30mの広場を高い盛り土がスタンドのように囲んだ施設(貴賓席として白い大理石のベンチも用意されていた) 1スタディオンという距離はこのスタディオンの競技場が基準となった単位である 紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけであった 1スタディオンはゼウスの足裏600歩分に相当しヘラクレスがこの距離を実測したとも伝えられている古代オリンピックの種目ペンタスロン紀元前708年の第18回大会から ペンタスロンといわれる五種競技が始まった 短距離競走、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングの5種目を一人の選手がこなす競技で 3種目以上を制した者が優勝者と認定されていたレスリングペンタスロンで行われたレスリングが 紀元前668年の第23回大会から単独の競技として実施されるようになった 立ったままの姿勢から相手を持ち上げて投げる競技で 正しく美しいフォームで投げなくてはならなかった 時間制限はなく勝敗が決するまでに長い時間がかかる過酷な競技だったようだボクシングレスリングと同じ大会からボクシングも始まった レスリングと同様に時間制限もインターバルもなく たとえ倒されても敗北を認めない限り相手の攻撃は止まらない さらに体重別の階級はなくグローブの代わりに敵へのダメージを大きくするための革ひもを拳に巻いての殴り合いだったパンクラティオン第33回大会からは パンクラティオンという格闘技もオリンピック競技に加わりました ギリシア語で「パン」とは「すべての」を 「クラティオン」は「力強い」を意味する 素手ならどんな攻撃をしてもよいというルールで間接技や首を絞めることも許され ボクシングと同じようにどちらかが敗北を認めない限りは勝負が決することのない熾烈な競技であったオリンピックの 聖なる休戦古代オリンピックにはギリシア全土から競技者や観客が参加した 当時のギリシアではいくつかのポリス(都市)が戦いを繰り広げていたが 宗教的に大きな意味のあったオリンピアの祭典には 戦争を中断してでも参加しなければならなかった これが「聖なる休戦」である オリンピアからアテネまでの距離は約360km スパルタまでは130km 武器を捨て ときには敵地を横切りながらオリンピアを目指して旅をするために 当初は1カ月だった聖なる休戦の期間は 最終的に3カ月ほどになったといわれている古代オリンピックの終焉紀元前146年 ギリシアはローマ帝国に支配される 古代オリンピックはギリシア人以外の参加を認めていなかったが ローマが支配する地中海全域の国から競技者が参加するようになり 次第に変容を遂げていった さらに392年 ローマのテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教と定めたことで オリンピア信仰を維持することは困難となった 最後の古代オリンピックが開催されたのは393年の第293回オリンピック競技大祭 戦乱を乗り越え 1169年間も受け継がれた伝統は 終焉の時を迎えた古代五輪の終焉から1500年を経た1896年 第1回近代五輪がアテネで開催された 14カ国から300名近い選手(すべて男)が参加 古代ローマ時代の競技場などで10日間に渡る熱戦が繰り広げられた 近代五輪の誕生には スポーツ教育を熱心に研究していた一人のフランス貴族が大きく関わったと言われる 1894年 ピエール・ド・クーベルタン男爵は パリのソルボンヌ大学で開催された アメリカやロシアを含む9カ国のスポーツ関係者が出席した 国際スポーツ会議において 国際的スケールでの「古代五輪の復興」を提唱 クーベルタンの主張は会場を埋めた人々の熱狂的な指示を受け満場一致で可決 ギリシャ国王の協力を受け われわれの知る近代五輪が誕生した この大会では 陸上、水泳、テニス、体操、レスリング、自転車、フェンシング、射撃の8競技43種目が行われ アメリカが陸上競技12種目中9種目で優勝 ギリシャは10個の金メダルを含む49個のメダルを獲得した 最終日のマラソンで 地元選手スペルドン・ルイスの優勝という劇的なクライマックスを迎え 第1回近代五輪は大成功に終わった
近代五輪幕開け
ニッポン・チャ・チャ・チャ!